久々に読書しました

久々の読書

ここ数週間、なかなか読書ができていませんでしたが。今日は早朝から3時間程度、本が読めました。

積読している本が何十冊ありますが、教養関係の本とビジネス書を読みました。

私によっては、久々の読書でしたので、思ったことを少し書きたいと思います。

INPUTだけの読書は身にならない

ただ読んでいるだけの読書は、身にならないことを改めて実感しました。読みかけの本が沢山ありますが、栞から再開すると、そこまで読んだはずの内容を全然覚えていないからです。

OUTPUTしなければ記憶に残らないと言いますが、これは全くその通りであることを改めて思いました。

そうならないように、できるだけ思ったこと、感じたこと、知らなかったことをノートに書きながら読むようにしていますが、これはエネルギー使うので、気がつくとただ読んでしまっています。しかし、せっかく貴重な時間を使うのであれば読んだことを覚えていないのは非常にもったいないことです。

受動的な読書(INPOUTのみ)はやはり記憶に残らないことを実感しました。

読書は考える機会になる

本を読んでいると、それに関連した色々なことを考え始めていることがあります。

これはおそらく人によって差があるとは思いますが、私の場合は気がつくと本の内容とは全く違ったことを考えていて、本の内容が全く頭に入っていないことがあります。

どうやら、目で文章は追っているようですが、頭の中は別のことを考えています…。

このような事は、私以外でもあるのかも知りませんが、これは良い機会だと捉えてそのことについて考えるようにしています。

思考の対象が移るのは普通のことだと思いますが、書いてある事が、自分ごとに関係している内容だとよく本の内容以外のことを考えてしまいます。

しかし、これは本を読んで、新しい発想を持ったり、類推したり、書いてあることをやってみようと思う機会になるのでよいことです。

分からない言葉は飛ばさないほうがよい

本を読んでいると、分からない言葉に出くわすことがよくあります。

その言葉をスルーして読むことも出来ますが、やはり分からない言葉は調べたほうがよいと思います。著者のクセで、難しい言葉を使うのが多いことがありますが、その言葉を使っている意味が必ずあるはずです。

一言分からない言葉があったとしても、それが重要なキーワードだった場合は全体の理解が全く変わることもあります。分からなくても、前後の文脈からなんとなくこういう意味なのかなと読み進めることは可能ですが、調べてみると自分の予測していた意味と全く異なっている事があります。

調べるのは面倒くさいですが、書いた人の伝えたいことや、内容を理解するためにはやはり調べた方がよいです。

インターネットでもよいですが、私は真面目に重たい広辞苑を使う事があります。

特に横文字は分からないことが多いです。最近だとステレオタイプ・イデオロギー・パラダイムがよく分からず調べてみると、予想と全然違っていました。

言葉は、場面や状況などによって色々な意味で使われますが、基準となるような意味は知っていないといけないと思います。

人間は考える時に必ず「言葉」を使います。

よって言葉は思考を限界づけます。

「語り得ぬものについては、沈黙しなければならない」という哲学者ウィトゲンシュタインの有名な言葉がありますが、「言語化できないものは、その人の思考の限界」という意味でもあります。

よって、これを押し広げるために出来ることの一つは、知らない言葉の意味を知るということだと思います。

 

ということで、書いてあることの理解を深めるためには、分からない言葉は調べたほうがよいが言いたいことです笑。

 

最期までお読みいただきありがとうございます。

 

 

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